昭和懐かしの温かさを残している下宿屋のおばさんです。
会館から15年余り、数々のドラマがありました。
その中でも、この仕事ならではの、深く心に残るエピソードがあります。
まだ開館して5年目。
都会からボーイッシュな女の子が入館しました。
彼女の親御様は、シングルファザー。
地元で会社を経営しているお父様。
経済的に不自由はなく、
母親がいなくても、不便を感じないように、
大切に愛情をもって育てられているのが、
言葉の端々で伝わります。
それでも、母親にしか伝えられない女の子のマナーは
他の学生さんよりも少し足りていない部分がありました。
ただ、彼女のすごいところは「ダントツ素直」なところ。
私の話には、耳を傾け、集団生活で学ぶべきところを
真綿のようにどんどん吸収し、素敵な女性に成長していきました。
そんな彼女が迎えた、初めての夏休み。
他の学生さんは順次帰省していきます。
暑くて静かな食堂でいるのは、もう彼女一人。
「帰省しないの?お父さんや弟さんが待っているんじゃない?」
そんな私の質問に、珍しく手元の箸を止めるだけで返事がありません。
セミの声だけが木霊する私と彼女の空間。
一人残っている彼女に、
私は余ったご飯で昼食用のおにぎりを作って、彼女の前に置いたのです。
その時出た彼女からの言葉。
サプライズが起きたような、満面の笑みを浮かべ
「おにぎりなんて、何年ぶりだろ」
ご飯の温かさが残る小さなおにぎりを、
まるで宝物を持つようにそっと両手で包むように抱えて、
愛し気に眺める彼女。
その目元にはほんの少し子供のあどけなさと、
なにかの思い出をたどる懐かしさと
ゆるやかな雫がありました。
お母さんの温もりがなくなって10年あまり。
空の上からお母さんが来たのでしょうか。
熱いい夏に食べる「梅干しのおにぎり」
彼女と私は、その時、深い深いトンネルから光を見たような
小さな感動を覚えた出来事でした。
